新渡戸稲造 (Nitobe Inazo)
勇気がある人というのは、心の落着きが姿にあらわれているものです。
自分の現在の義務を、完全に尽くす者が一番偉いと思う。
そして、自分の現在の義務は何であるかを、はっきり認め得る人は、
人生の義務と目的とを理解する道に、進むのであろうと思う。
薔薇に対するヨーロッパ人の讃美を、我々は分つことをえない。
薔薇は桜の単純さを欠いている。
とにかく物事には明暗の両方面がある。
私は光明の方面から見たい。そうすれば、おのずから愉快な念が湧いてくる。
ほら吹きと臆病者は、同じ身体の中に宿っている。
真の学問は筆記できるものではない。
真の学問は行と行との間にある。
日本の神話の神々は、ほんとうに人間的であり、いつもいつも最敬礼に値するというわけではない。
その一方で、この神々は、その卓越した道徳性によってほとんど至尊の域にまで達することがある。
その高みを、われわれは謹んで随神とよぶ。
若い人たちは、自分たちは絶対年を取らないとでも思っているのだろうか。
人生のうち、青春として知られる時期ほど短いものはない。
なにがひとの魂を満たすのだろう。
名誉を与えられても、それは空虚なものであることがわかってしまう。富を与えられたとて、飽きてしまう。
知識を与えられると、さらに欲しくなる。
ただ愛、純粋で無私の愛だけが、この永遠の疑問に答え、この無限の渇望を満たしてくれるのである。
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